これからの世界。何を求めるのか。足りないものが一つあるくらいが、やる気を維持して長く活躍できるのでは。2026.07.31更新
こんにちは。αと白眉の超簡単な世界ブログの白眉です。今回のテーマは、「何事も全て手に入れたら面白くなくなる」というテーマについて語っていきたいと思います。
僕たちの社会は仕事や学業を行うことを使命としています。ひたすら働き、ひたすら学び、その先に何があるかと言えば、何もないなんてドン底の人生は歩みたくないですよね。僕たちは何を持っているか。ただし、案外、何も持っていない人生もノマドワーカーのようで悪くはない人生ですよね。
ここから先は、何事も全てを手に入れていない現時点での話です。つまり、僕自身、多くを持っていないから推測の話が入ってきます。例えば、宝くじで一等当選5億円なり、となった時、僕たちは何かを辞めるでしょうか。日常生活を辞める、会社を辞める、学校を辞める。色々と思いつきます。
その5億円という大金は、天からの贈り物か、あるいは先祖代々の強運のせいか。考えても見れば、お金が降って湧いてくるというのは中々想像のいかないモノです。僕たちは普通、お金を得ようとすれば、汗水垂らして働いて、泡銭が出ないように、この人生は設計されていることだと思います。
しかし、案外、ここからは推測の話ですが、5億円を稼ぐのは可能なのではないかと思える時があるのです。5億円というと、必死に働いたとします。現実的な話で、生涯賃金が日本では3億円、つまり2倍の量を労働として働けば、単純計算で生涯賃金6億円を稼ぐのも不可能ではないことが分かります。
ここからは、僕の話で恐縮ですが、僕は現在貯金がいくらあるかといった話はしません。そんな事をしても何の意味もないからです。その上で、僕は年間4000時間働きたいと考えています。ブログもその一環ですが、4000時間を10年働いたら、どうなるか。とても興味深いテーマです。
僕はよく一日3時間勉強することの効能を説きます。中々一日3時間の勉強をしながらフルタイムで働くのは簡単なことではないことが分かります。ここから少し脱線するのですが、よく考えてみれば、僕たちは勉強するという時に何を指して勉強というのか一回じっくり考えたいのです。
勉強というと分かりやすいのが資格の勉強です。資格の勉強をして試験を受けて合格点を取り、晴れて転職活動をする。わかり易い例ですね。一方、漫然と読書をする読書家もいます。知的好奇心のままに、ひたすら読書に明け暮れる。小説でも参考書でも読書をすることで脳の筋力トレーニングとなり、これまた分かりやすい勉強のサンプルですね。
ここで僕は一つの提案をしてみたいと思います。リバースエンジニアリング。つまり、作者の考え方と同じように考える力を身につける。そこに勉強の意義を置くのです。この話は、他の記事でも書いてみようと思うのですが、作者の思考回路を自分の中で再現する。作者と同じモノを再現して作ってみるということです。
その作者が一流の職人であれば、同じものを一流の手として作ることが出来る。僕はここで一つのことに気づきます。勉強というのは、再現するためのモノだということです。一度出来たものを再び作り上げるには大量の労力と技術が必要となります。その技術の部分を勉強するのが、一つの学びの目的であると言えるのです。
ただし、一つ言えることは丸ごと真似をしたら、それは盗作ということになります。そこでアレンジが必要となるのです。オリジナリティの部分が必要なのです。なぜなら、新しいものを作ることこそ新しい価値を生み出す行為だからです。
さて、話は最初に戻りますが、全てを手に入れたら面白くないという話についてです。僕は、全てを手に入れる必要はないと思います。一般的なごく普通のヒトは、会社生活を進めて、相応のものを手に入れることだと思います。
一般的なモデルケースとしては、高校か大学を卒業して、そこそこ大きな企業に入り、車や家を買って、伴侶を見つける。一般的なモデルケースの人生ですね。この前までは、その昇進ルートはごく普通のことでした。今では、大きく経済が様変わりして、人生のモデルケースも多様な面を反映しています。
すべてを手に入れる。少し前であれば、そこそこ大きな企業に入れば、普通に働いていれば、手に入れることができたものです。僕はこの普通の人生は、ものすごく大変であったことも知っています。家庭の事情に、一日八時間+残業の労働。色々な人が居ますが、いろいろな人生も少し前でも、また、あったことだと思います。
僕は現在4000時間労働を希望しています。現時点での持っているモノは、そんなに多くありません。単純に4000時間働けば、一般的な労働者の2倍のモノが手に入るのでしょうか。面白い話ですね。ただし、僕自身も全て手に入れることには躊躇しています。まだ先のある人生で、この30代半ばで色々と手にしてしまえば、気力がなくなるからかもしれません。
何もない時のハングリー精神とはとても重要なものです。ハングリーであればこそ、果敢に新しいことに挑戦して新しいものを手に入れるのです。新しいものが増えるほど、新しい能力や資産を手に入れることになるのです。
僕自身、普通に考えれば、ヒトの2倍働けば、ミリオネアになるのは難しいことではないと感じています。もちろん、時代や環境によって勝ち筋は異なってくるのでしょうが、僕は決して4000時間労働を諦めたくないのです。考えても見れば、量と質と環境と。いろいろな要因が重なって人の人生が出来ています。
僕たちは、これからの新しい世界。技術は大きく進歩して、新しい製品やサービスが溢れんばかりに増えるでしょう。これからの世界。何を求めるのか。案外足りないものが一つあるくらいが、やる気を維持して長く活躍できるのではないでしょうか。
以上です。ご成長ありがとうございました。白眉でした。また会おう、アルファ。
1日3時間勉強するだけで全く勉強しない人と比較して期間が長くなるほど、その差は圧倒的になる!!
こんにちは。Inishie R plusAブログの時空です。「何事も全て手に入れたら面白くなくなる」というテーマについてです。
おーい。小町よ、欲しいものがあるかー。打ち出の小槌がほしいなら登録免許制だから早く登録しておいたほうが良いぞ。貴重な意見ありがとうございます。
打出の小槌。ほしいですねー。小槌を振ると金銀財宝がわんさか。かの偉大なおとぎ話では、夢のようなアイテムが目白押しですね。ちょうどネコ型のロボットがいたら頼みたくなるアイデアたちでした。
僕はゲームの世界を想像してみます。ゲームの世界って最初小さな村で武具やお金を集めるところから始めるけど、全て持っていたら、どうなるのかな、と。いやー、たぶん楽勝すぎて、魔王を倒すための勇者の剣と盾も持っているんだろうなーと淡い夢を抱いてみます。
一方、現実ではどうか。ビリオネア並みにお金を持っていて、容姿端麗、頭脳明晰。あらゆるものを持っている。そんな人生は楽しいのだろうか。僕は一つの仮説を立ててみます。足りないものがあるから、それを得るために努力するから、人生は楽しい。
思えば僕たち人間は生まれた当初、何も持たずに生まれてきます。圧倒的な超能力も圧倒的な頭脳もほとんどの人は持ち合わせていないでしょう。だからこそ、人は成長とともに夢を見るのかもしれません。
僕たちが将来の夢を語る時、小学生であれば、アイドルになりたい、スポーツ選手になりたい、と大きな夢を語ってくれることも少なくないでしょう。しかし、大人になるに連れ、会社員になりたい、看護師になりたい、教師になりたい、と現実に向き合わざるを得ない状況となります。
僕たちは自分のこれからの現実に直面して、持っていないものを諦め、手に入れられそうなものを選択するように出来ているのかもしれません。しかし、それは何だか悲しいです。いつになっても大きな夢を持ち続けられる人も一定数いますが、夢を諦める人とどこで道を間違えたのでしょうか。
おそらく大きな夢を語る人は長い間コツコツと努力を重ねてきた人なのでしょう。コツコツ積み重ねた努力で大きな夢も手の届くものであり、それに向かって邁進していることだと思います。
僕は言いたいです。アナタの夢はそこまでですか。まだ可能性が一ミリでもあるのであれば、諦めず頑張ってみる道もあるのではないでしょうか、と。
僕も今当たり前にできることは長い間の積み重ねによって出来るようになったことばかりです。ブログ一つを取ってみても、ブログ歴のべ五年、実働一年半、とそれなりに続いていることが分かります。勉強も一六年続けているし、研究も六年以上続けています。
そんな僕だからこそ言えることは、大きな夢が叶ったとして、その人にとっては喜び狂うことではなくて、本当に当たり前なことであると感じていることだと思います。自分が今までしてきた努力に比べれば、自分の夢の成功は大したものではないし、むしろ少ないと考えても良いのではないか、と思っている可能性もあります。
どんな大きな夢も連続の先にあるもので、朝、目が覚めたら、いきなりビリオネアになっていた!?なんてことは起こるはずもないのです。僕たちはまだ持っていないものがあるからこそ、人生を楽しめているし、億万長者になって不幸になった人たちの話も聞くことがあるでしょう。
足りないことは悪いことではなく、その足りないものを埋め合わせようとする所に人生の楽しみがあるのです。多くのものを持てば持つほど些細なことに悩むようになるのでしょう。多くのものを持っていない人から見れば贅沢な悩みで悩みというほどのものではないと思っていても当の本人は真剣に悩んでいるのです。
僕たちは生まれてから現在に至るまで多くのカードを手に入れてきました。アナタは決して満足が行くほど多くのカードを持っているわけではないかもしれませんが、全てのカードを持っていないということは、まだまだ上があり伸びしろがあるということです。
もし、天井が見えてしまい、その先がないとすると、どれだけ多くのカードを持っていようと楽しみは少なくなってしまうのは論を待たないです。僕たちは持てるカードを駆使して、さらに多くのカードを得る方法を考え実践する所に人生の楽しみがあることを認める必要があるのかもしれません。その先に足りないことに関しても感謝して希望の光だと思える人生が待っているのでしょう。
僕は再び聞きます。アナタは持っているカードに満足していますか。全てのカードを今すぐ手に入れたいと思いますか。人生において必要なカードは時間とともに手に入っていく。そこに

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