この不確実な世の中で少しでも確実で安心できる人生を生きたいならば勉強することは一つの選択肢である
こんにちは。β(ベータ)です。今回のテーマは不確実性についてです。不確実性というと、僕はまずデフォルトを思い浮かべます。債務不履行のことをデフォルトといいますが、デフォルトから再起するためには相当な努力と試練を必要として、僕らが想像する以上の社会的な影響力をもたらします。
近年のデフォルトの最たる例がリーマン・ショックによるリーマン・ブラザーズの破綻であり、大勢の雇用が失われた歴史的な事件でありました。僕は、このリーマン・ショックという世界史に残る不確実性を目の当たりにしたのですが、問題意識を持ったのは2010年に入ってからのことでした。
それまでは、新聞もニュースも見ない高校生でしたが、僕は大学に入ってから、このリーマン・ショックという不確実性の最たる例を見ました。多くの学生が就職難に見舞われ、僕も就職できるか不安だったのを覚えています。
僕は大学に入ってから新聞を読み始めたのですが、新聞とはスゴイもので世の中のことが何でも書いてあります。新聞を読み出した当時は、僕にとって新聞とは実家に置いてあるタダの新聞紙であるという認識でした。
しかし、大学に入ってから、僕はこの新聞を取り憑かれたように読み続け、世界の全てが分かるような全能な感覚になるまで新聞紙を1日中読み込みました。おかげで、最近は新聞は週に1,2部しか読まないのですが、これから2,3年読むのを控えても、久しぶりの新聞記事をすぐに理解できるレベルに、大学時代から新聞を読みこなしてきたことだと思います。
新聞はお金になります。新聞というより新聞に書いてある情報がお金になります。政治欄からビジネス欄、国際欄まで少なくとも株式投資をするような投資家なら一日も欠かさず自分の購入している新聞紙を読み込んでいることでしょう。
さて、不確実性の話ですが、僕はこのリーマン・ショックという大事件で大きく価値観が変わりました。リーマン・ショックが契機ではないですが、情報というものの重要性に大いに思い至ることがありました。
当時は2011年3月11日の東日本大震災も加わって激動の2010年代の夜明けでした。不確実性というと、僕は将来についての心配があります。これから仕事がなくお金がない状態になったら、どうしようかという淡い危機感のようなものです。そのために、普段からイザという時のために自己投資に余念を惜しみません。
僕は新聞を読むという行為一つとっても仕事と同じであると思います。デスクワークであれば、業務のために資料作成などで情報収集することもあるでしょう。新聞一つとっても時事ニュースではありますが、漠然と読みこなすだけでは時代の流れを読み取れても、その本質には辿り着けないと思います。
不確実性が増すこの世の中で情報というのは不確実性を解消する大きな一歩です。不確実であるからこそ、ニュースや新聞、インターネットに頼って、情報を入手するのではないでしょうか。新聞の話ですが、新聞は一話完結型の情報ではなく、連続性のあるストーリー型の情報であると言えます。
僕は、新聞一つをとっても、書籍で言えば、毎日数十ページ分の情報が載っているので、定期購読して毎日読む人はスゴイと思います。しかし、僕のような、つまみ食いをするタイプは毎日毎日新聞を読むのがしんどいのでコンビニで日買いで新聞を購読します。
新聞と言っても、真新しいニュースはあまりなく、政治の話や国際的な話やビジネスの話が毎日少しづつ進展していくのが分かります。毎日読んでいると冒険者の小説のようにハラハラドキドキする記事もありますが、ほとんどの記事は前回の焼き増しに過ぎません。
僕は一週間に一回新聞を読むのですが、この不確実性という当記事のテーマに従えば、新しい記事は不確実性が実現したものであると思います。不確実であり、実現予測困難であったことが、大事件として現実に出現するのでマスコミも大きく大々的に取り上げるのでしょう。
僕の人生で一番良かったことの一つは勉強を始めたことですが、勉強と言って学習し始めたのも成人に近くなってからです。それまでは新聞どころか勉強も疎かで、しかし、話題の現代小説は読み漁っていました。つらつらと長く書いてしまいましたが、僕の人生も含めて、誰の人生でも人生とは不確実性のかたまりであると言えます。
僕も30代半ばを過ぎようとしていますが、今でこそ勉強を続けてきて良かったと満足しています。結局、新聞を読むことも勉強することも自己満足であると言えます。しかし、勉強は知識をつけるという意味で不確実で未知であったことが少しでも確実で確かなことに変わるのは本当のことだと思います。
新聞の話でしたが、新聞一つとっても未知で不確実なことに道筋や方針を決めるために大いに参考になる資料だと言えます。僕は、この不確実な世の中で少しでも確実で安心できる人生を生きたいならば勉強することは一つの選択肢であると感じます。
勉強とは言わず、趣味であったとしても、何かをコツコツ長い間続けることは、ふとした瞬間に自分を救ってくれるお守りとなるのです。人生の時間には限りがあります。僕達は、この人生の有限の時間を有効活用して不確実性という罠を回避すべく前進し続けなければなりません。
不確実性も過去となったら、不確実ではなくなってしまうのです。不確実性とは、そのようなイベントが発生した瞬間での感覚だということです。僕は未成年から成人になる時期に勉強を始めて、それから勉強を続けてきましたが、みなさんは何を続けますか。この不確実な世の中で。
以上です。ご成長ありがとうございました。βでした。
収束と発散!?物が売れている時は価格を調整して、物が売れなくなったら数量を調整する!!
こんにちは。Inishie R plusAブログの時空です。前回の記事でネットショップの稼ぎ方について書きました。つまり、100個売れると予測したら90個納品するというアイデアでした。
その続きとして、ネット通販のアマゾンなどの運営として、当記事では新しいテーマについて書いていきたいと思います。そのテーマは「景気の良いときに利益を蓄積して、景気の悪い時に備える」ということです。
僕はこのテーマについて価格の付け方が大事だと考えます。価格の付け方とは一見して難しいものです。どのような価格が適正価格なのか。経済学や会計学ではその答えを導くことはできません。
僕は何記事か前の記事に価格経済学という、僕が編み出した新しい経済学の考え方について論文を書きました。数記事前まで探ってもらえれば、ダウンロードも出来るので是非興味のある方はご一読ください。
僕は価格経済学の視点からも、この「景気の良いときに利益を蓄積して、景気の悪いときに備える」というテーマについて考えることは出来ますが、新しい視点から当テーマについて思案を巡らしていけたら良いです。
僕は現時点でその新しい視点を持ち合わせていません。その意味では今後の課題の一つと言えますが、一つの参考になるアイデアとして投資におけるオプションの考え方があります。
オプションとは例えば、ある価格より通貨が高くなった時、例えば1ドル100円であったのが、1ドル130円とドル通貨が高くなった時、1ドル100円のときに1ドル110円より高くなったら1ドル110円でドル通貨を買うといった取引のことを指します。
いわゆるデリバティブの一つであるオプション取引ですが、その対価として手数料を払うことで、1ドル130円になっても1ドル110円のオプションを行使することでドル通貨を通常より安く買うことが出来るのです。
この話は、難しいのでもう一つ例を出しましょう。例えば、保険というビジネスがありますが、保険は一定の保険料を支払うことで災害などのリスクに見舞われた場合、保険金という対価をもらうことができます。
入院一時金の保険であれば、いざ入院となった時、おそらく今まで払ってきた保険料以上の対価となる保険金を受け取ることが可能となるのです。
なぜ、払った以上の保険金を得られるかといえば、その払った保険料が金融取引などで運用されて収益を生むということ以上に、保険料を払っていても入院とならない利用者がいるからです。
もちろん、入院する必要がないのであれば、入院するような怪我をしたり病気になりたい人はいないでしょう。そこで、保険料を払っていれば、入院した場合は保険金がもらえるし、入院しなかった場合は保険料は払い捨てになっても怪我や病気というリスクを受けなかったということで利用者は幸いだと思うことでしょう。
つまり、オプション取引も保険ビジネスも損失というリスクを回避、ここではリスクヘッジと言いますが、損失をリスクヘッジするために一定の手数料を払うことでリスクを減らしていると言えるのです。
ここまでは普通に経済学や金融論の教科書に書いてあるような内容ですが、現在の科学とは言わば本質的に全体がバランスするような理論が主流となっています。
経済学の需要曲線と供給曲線の話であれば、売れたら価格が上がる、価格が上がれば売上が減るというプロセスを繰り返すことで、均衡点と呼ばれる、ちょうど価格と生産量がバランスした一点を求めることにより、適正な生産量と価格を求めることが出来ます。
それは経済学にとどまらず、物理学でも数学でも、ある一点に収束する、つまりある一点に収まるように全ての力が集中していくことが現代の科学の特徴だと僕は考えています。
逆に、一点に収束しなければ、発散していきます。無限回の発散を繰り返せば、発散は無限に及びます。例えば、1を無限回足せば無限になりますが、無限回足しても1になるような式もあります。
一定の値に収束するという、現代の科学における理論は、バランスするという意味で安定的な理論モデルを念頭に置いていますが、成長は遅く、なかなか社会が発展していかない原因の一つであると僕は見ています。
一方、発散的な理論モデルは、不安定な土台の上に立っていますが、順調に伸びている時は急激に伸び、調子の悪い時は悪い方にエスカレートします。
つまり、悪い方向に進むときのリスクヘッジ、つまり先程話したオプションや保険のようなストッパーがあれば、収束と発散の良いとこ取りが出来ることが分かります。
当記事のテーマである「景気の良いときに利益を蓄積して、景気の悪い時に備える」に関して言えば、価格経済学の視点から言えば、価格設定に根拠のある数字、つまり価格経済学を用いることで、好況のときだけ儲かる現在までのビジネスモデルから不況のときでも利益を生む新しい価格設定を設けることが出来るようになります。
一方、今までの科学における収束と発散の考え方から言えば、好況の時は正のスパイラルのように良くなる理論モデルを用いて、不況期は保険やオプションに代表されるリスクヘッジを適用することで、科学における収束と発散のいいとこ取りが可能となります。
その一つの考え方として、需要曲線と供給曲線を説明するミクロ経済学の考え方から言えば、売れたら価格を下げる、さらに売れたら価格を下げる、さらに売れたら・・・、という正のスパイラルにより良い時は拡大し続ける発散的な思考を適用できることになります。
もちろん、この売れたら価格を下げるの反対、つまり売れなかったら価格を上げるという考え方は悪い方に拡大していく発散的な思考です。
しかし、この悪い方に発散していく思考を伝統的なミクロ経済学の視点、例えばミクロ経済学は価格を変更するのではなく、生産量を調整する、という数量調整の考え方を用いれば、売れなかったら生産量を少なくすることで、発散的な理論の半分を収束的な理論へと転換することが出来ます。
つまり好況の時は売れたら価格を下げるという発散的な思考と、一方では不況の時は売れなかったら生産量を減らすという収束的な思考で、急拡大の成長と、バランスの取れたリスクヘッジが可能となるのです。
当記事は2500文字近くになったので、そろそろクローズとします。好況と不況の対処としては様々な視点と様々な見解があるはずです。僕自身、当記事で二つのモノの見方、つまり価格経済学的な視点と、収束と発散的な視点を紹介しました。
読者の皆さんも、もし何か思う所があれば、自分なりに考えて当記事とは違った視点を考えてみてください。当記事の教訓の一つとは物の視点、それこそが大発見を生む一つの要因だ、ということです。
以上です。ご清聴ありがとうございました。アナタが一つでも多くの視点を得られることを願って。時空。

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