第245項!!経営者たる者。その目的とはなにか。それを問い続けるのがマネジメント至っては経営者の目的です。 -R86plusA- 2026.04.01更新

経営者たる者。その目的とはなにか。それを問い続けるのがマネジメント至っては経営者の目的です。

こんにちは。β(ベータ)です。今回、僕はマネージャーという職業について書いていきたいと思います。

マネージャーと言うと、中間管理職を思い浮かべるかもしれませんが、マネジメントは社長の仕事と言えます。さらに言えば、経営者の仕事です。僕の仕事において一番重要なのは、マネジメントを観察することです。

マネジメントというと、中間管理職が指示を出して、部下が指示通り動くのが通常であるように思えます。部下が部下であるためには、上司が上司でなければなりません。部下が部下を超えるためには、上司を超える必要があり、上司の指示を超える必要があります。

上司の的確な指示は部下をやる気にさせ、部下を奮い立たせますが、部下の行動一つで上司は責任を取らなければなりません。部下の行動は上司の指示を反映していなければなりませんが、それ以上に部下を超えた行動を取れなければなりません。部下が部下を辞めたとき初めてマネジメントとしては成功したことになります。

しかし、部下を育てることは大変であり、上司の意思は反映されなければなりません。さもなければ、方向性の相違や二律背反、至っては自滅行為へと部下を走らせることになります。部下を育てるとはつまり部下を超えて上司を超えて、さらに上司の意を汲むところまで自主性を高めていくということです。

部下が部下であるためには上司の右腕となり、上司の盾となり、上司の矛となり、矛盾の生じない状態へと持っていかなければなりません。仮に、僕が上司であれば、部下に出す指示は大筋の合意であり、細かなプロセスではありません。

大まかな合意で済むのは、普段からの部下との意思の疎通、それ以上に信頼関係があってのことですが、細かなプロセスに終止する上司は決して大成するとは思えないのです。部下の自主性を重んじ、かと言って部下に責任を押し付けることなく、上司が上司であるように、いざというとき責任を全うするのが上司の務めであると言えます。

部下が部下を辞めたときマネジメントとしては大成したと書きましたが、上司が上司を辞めたとき、部下はあるいは上司はどうなるかというのが一つのテーマとなり得ると思います。上司は上司を超えられません。

なぜなら、上司は上司でしかないからです。それを超えて、上司をやめたとき、組織は自動化されていきます。自律的な力が組織に働き、組織が組織を超えて組織となる。上司がいなくても、組織が起動する状態へと形作られていくのです。

上司としての一つの到達点は上司を辞めて、組織を自動化したときです。それは一つの到達点であり、優秀な経営者であれば、誰もが試みたことがあることです。その到達点を超えて、今、それを超えるものとは、つまり、新しい組織を作ることです。

上司を超えて組織を自動化させたとき、新しい課題として、新しい組織を形作ることに力点が置かれることになります。この力点こそ本来の経営者の仕事であり、経営者が経営者であるための存在理由であると言えます。

僕が経営者を成したとすると、経営とは新しい文化や文明、あるいは世界を形作ることであり、その車輪となる一翼であると言えます。僕が、この一翼を重要であると思える理由は、新しい時代に進むにつれて社会はより高度化して新しい時代を形作っていくからです。

一つ一つの組織は最初からあるものでは無いですが、組織が成立すると、その力学は自動化の仕組みへとつながっていきます。創業経営者のいない自動化された仕組みの上で、新しい組織を生み出すために創業経営者の力学は新しい方向へと向いていくことになります。

そして、その新しい組織が自動化されれば、さらに新規の組織の創業と育成へと舵を切っていくのが経営者としての本来の役目です。経営者の役目は決して組織を大きくすることではありません。組織を大きくするのは、経営幹部や官僚機構の役目です。

それを超えて、経営者は無から有を生み出す。新しいものの創造こそ、それが組織であれ商品であれ、経営者の務めであると言えます。本来、経営者は上司であるはずです。

部下が部下を辞めるとき、部下は上司となっていきます。その部下がさらに上司となるとき、上司を辞める必要があります。部下に自主性をもたせ、責任を移譲して、自律的な組織を形作るのが上司の務めです。

そこまでいけば、あとは後進にまかせて、新しい組織へと移っていくのが経営者たる存在証明です。僕は経営者は経営者であると思います。経営者を超えて経営者になるためには、いくつかの過程を超えて、創造という領域を極めることに主眼が置かれます。

経営者たる者。何を目的とするのか。目的の見えない経営者に、あるいは組織に勝ち目は存在しません。目的とはなにか。それを問い続けるのがマネジメント至っては経営者の目的です。以上です。ご成長ありがとうございました。βでした。

僕は理想を言えば、マネージャーは部下の成功と成長を願う存在でありたいと思いますが、現実的な問題でいえば、組織で働く力学は社内政治です

こんにちは。R86plusAブログの時空です。今日は『1兆ドルコーチ』について読書しました。まだ途中までしか読んでいないのですが、マネージャーが必要かどうかの話が僕の興味を引きました。

マネージャーが必要かどうかは、あるアップルの社員は「何かを学ばせてくれる人や、議論に決着をつけてくれる人が必要だから」と答えたそうです。僕はマネージャーとは、部下の成長を促すということ以上に、部下を管理することが重要だと思います。

マネジメントが管理することを意味するように、部下の反乱や逸失行為を制御するためにマネージャーは必要であると言えます。やはり組織とは人の集まりであり、多くの協力がなされると同時に、トラブルや問題も発生します。

業務上のトラブルであれば、担当の専門家が対応すればいいですが、人間関係のトラブルであれば、マネージャーが管理する必要に迫られます。僕は理想を言えば、マネージャーは部下の成功と成長を願う存在でありたいと思いますが、現実的な問題でいえば、組織で働く力学は社内政治です。

一国内部の政治であろうと、軍隊内部の政治であろうと、まずは部下を統率して指示に従ってもらうところが最初です。その上で、部下を教育したり、成功に導いたりする次の段階のマネジメントが求められます。僕は、組織に働く政治をコントロールするという意味でも、部下に指示に従ってもらう必要があると言いました。しかし、指示に従ってもらうことは決して細かく指示を出すことではありません。

細かすぎる部下への指示はマイクロマネジメントであり、部下を萎縮させる可能性があります。そうとは言っても、自由放任主義が過ぎても、部下はマネージャーが望んだ結果を出せない可能性もあります。

ここは、細かく指示を出すか、指示を出す代わりに主体性を持たせるか、のバランスの問題となります。僕はできれば部下に自由に働いてもらい、主体性を身に着けて業務に取り組んでほしいと願っています。ご清聴ありがとうございました。時空。

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