20倍のギバー!5:95くらいの分け前で割り勘し続けると、どこに行っても歓迎されるようになります
こんにちは。R86plusAブログのβ(ベータ)です。僕は、人間社会で行われる配分という仕組みに興味があります。人間社会では、取り分は多くの場合、その企画を主催した胴元つまり主催者が取ることが多いと思います。
僕は、その点、5:5や4:6といった割り勘に近い分け方をする人も知っています。何が肝心かというと、割り勘の場合、フェアだと思ってもらえることです。8:2や9:1であれば、おのずと不満が生まれます。どんなに優秀な企業であっても利益をため込み、多くの人に利益を分配しない企業は廃れていくと感じます。
僕は、割り勘という物はフェアだと思います。なぜなら、割り勘はちょうど相手である取引相手に対等であることを知ってもらえるからです。対等といっても多くの場合、非対称であると思います。つまり、同じ役割を演じて、同じだけの働きをするのではなく、それぞれの人で役割分担をして、この人は労働力を出して、この人はお金を出して、というように、協力関係はおのずとそれぞれの持ち味を発揮するからです。
さて、僕は、この頃、C.L.ジーゲル, J.K.モーザー他『天体力学講義』という本を読みます。この本を協力して読むとすれば、それぞれのページと部分を担当して、それぞれの役割を全うする必要があります。この人は最初から50ページまで、この人は50ページから100ページまでという協力関係もありますし、他にも様々な協力の仕方があると思います。それぞれが分かる部分を教えあってもいいし、可能性は無限大です。
天体力学講義は僕には不可解な本ですが、最初にラグランジュ乗数法という特殊な微分の方法が記されています。そこらへんで躓く人が多いのかもしれませんが、機会があれば、僕もラグランジュ乗数法を解説するという協力関係で皆さんに協力したいです。
僕も量子力学や天体力学を学んでいる少し変わった人ですが、少しの工夫であのような僕からすると難解な書物も読めるようになります。ここでは、割り勘の話だったので、少し僕からプレゼントをしたいと思います。
文章を読むとき、文章に斜線を引くようなイメージで読んでいくと頭に入りやすくなります。サッサッサっと斜めに単語と単語の間に斜めに線を引くようなイメージで読むだけで大いに読みやすくなるのは不思議です。僕も、天体力学は学問の中で一番難しいものであるということを知っているので、この斜めに斜線を引きながら読むスラッシュ読みを考え出したときは、とても嬉しかったのを覚えています。
持ち前の明るさと根性で次の世界に行く人を見ると嬉しくなりますが、そのような感覚をこのスラッシュリーディングと言える読み方で感じたのを覚えています。おそらく、このスラッシュリーディングを知ることで、皆さんは持ち前の明るさと根性で次のステージへと一歩歩みを進めることができるでしょう。
さて、取り分の話ですが、僕は5:95でも悪くないと考えています。5:95とはつまり取り分のほとんど20倍近くを与えてしまうということです。言わば、20倍のギバーであり、今回の場合、このスラッシュリーディングを教えた僕は読者の皆さんから何かを受け取ったわけではないので僕が20倍のプレゼントを、このスラッシュリーディングについて教えることで達成できたのではないかと思います。
見返りなんて必要ないんですよ。ただ、僕がブログに広告を張りつけたら清きワンクリックをしてくれたら全然いいんですよ。やはり、人間社会ではプレゼントはとても大事なものだと思います。自分の手元に多くの物が入ってきたとき、気前よく皆で分けられるか、そこら辺を周りもよく見ています。
僕もプレゼントをするタイプであり、あまり貰うことは少ないのですが、たまにプレゼントをもらうと、とても嬉しい気分になることを知っています。何であれば、僕は物をプレゼントすることが多いのですが、お菓子とかをプレゼントするのですが、相手はいろいろと思いやりや配慮をプレゼントの形で送ってくれることが多いです。
スラッシュリーディングもそうですが、僕は今、プレゼントとして、それを差し出していますが、この天体力学一つをとっても非常に難解な学問であり、攻略するのは至難の業だと思います。
その上で、さらに僕が読者の皆さんにプレゼントするとすれば、この天体力学講義の本を買って僕と一緒に勉強してくれるのであれば、ラグランジュ乗数法の解き方を、特殊なこの微分の解き方を解説した記事を載せたいと考えています。
結局、世の中は持ちつ持たれつのプレゼント社会です。雇用一つをとっても会社で雇われるということは、労働力をプレゼントする人と、給与をプレゼントする人の協力関係であると言えます。
僕は、この記事を2026年4月14日に書いています。僕はこの14という数字がとても大事です。個人的な理由は述べませんが、神様に関係している数字だと僕は考えています。神様の背番号として。ただし、この14という日に天体力学講義という僕にとっての魔境に関して書けたことは大変良かったと思います。
この記事の続きとしては、ラグランジュ乗数法という伝家の宝刀の解説記事で会いましょう。以上です。
5:95くらいの分け前で割り勘し続けると、どこにっても歓迎されるようになります。一回限りの協力プレーとは言わず、何十回何百回といった協力プレーと考えれば、取り分が5%でも、その何十倍何百倍の取り分を得られる機会に恵まれるでしょう。それ以上に仲間に大切にされて、とても大切に扱ってもらえるようになることを信じています。
以上です。今回、僕はスラッシュリーディングについて教えましたよ。恩着せがましくはしたくないので、ここまでとします。ご清聴ありがとうございました。βでした。また会おう。α。
割り勘する時は小さい方をもらう!?人間社会は協力プレーなので勝ちを譲る姿勢が大事!!
こんにちは。Inishie R plusAブログの時空です。僕は誰かと割り勘をする時、小さい方をもらうことを心がけたいと思っています。一般的に、多くの人は二つに何かを分ける時、大きいほうが欲しいと思うのが人情です。
僕もこだわりがあれば、大きいほうが欲しいと思うこともあるでしょう。二人で何かを成し遂げた時、その報酬を分けるときにも当てはまります。お金だけでなく、名誉も半分に分けることがあります。誰がその発明の発案者か、といったことです。
僕は学生の頃は相手のことを考えるという思考がありませんでした。自分さえ良ければいいと思い、2つに分けるときもなるべく多い方を手に入れようと画策していました。大きい方を手に入れようと欲張っている時は、二人で成し遂げたことも不思議と客観的に僕の貢献度は小さかったと思います。
おそらく、報酬を相手より大きくもらおうという心理が働く時、その人は多くのものを持っていないことだと思います。僕自身も学生の頃は全然努力しない少年だったので、努力で手に入れたというものが全然ありませんでした。
それが大人になるに連れて、努力して運も味方すれば多くのものを手に入れられることが分かるようになりました。僕は決して大金を持っているわけでも凄い有名人でも無いですが、小さな成功をたくさん手に入れるようになると、自分だけ報酬を多くもらおうという考えは自ずと考えなくなりました。
今であれば、二人で手にしたものは、僕がどうしても必要であると思うものでなければ、全て譲っても良いと思えるまでになりました。前であれば、その報酬が本当に必要でないものであったとしても、僕はその報酬を手に入れようと画策していたことでしょう。
欲張りであった学生時代と、全てを譲っても良いと思える現在で、何が変わったのか。僕は報酬を得られることに関して自分も対価を払うようになりました。学生自体はいわば棚からぼた餅で偶然手に入れられそうになると、どうにかしても、その報酬を手に入れようとしました。
今の僕であれば、偶然手に入れるのではなく、どうしたら、その報酬が手に入れられるか戦略を練ります。色々試行錯誤して努力して上手く行ったらマイルールとして自分の脳にその成功法則を刻み込みます。一度、成功法則を手に入れられたら、同じものを手に入れようとした時、簡単に手に入ります。
学生時代の僕は偶然手に入れて、なぜその報酬が手に入ったかわからないままでした。そのため、その勝ちは貴重であり、どうしても多くの報酬を手に入れようとしていました。
さて、最初のテーマですが、多くの社会活動、つまり仕事やそれに準ずる活動では、人間同士の協力が欠かせません。大きな物を手に入れようとしたら、自ずと複数人で仕事に取り掛かる必要があります。
そのとき、自分の勝ちを譲るという行為は信用問題となってきます。同じくらい協力して取り組んだ勝ちを譲ってもらえば、誰だって悪い気はしません。次に同じような活動をする時、またペアを組みたいと思うものです。
学生時代の僕は、自分の勝ちは自分が努力した量に比例して全てを得なければならないと思っていました。しかし、勝ちを譲っていると、不思議と次に取り掛かる仕事はどんどん大きくなっていきます。そこで、大きな報酬であれば、少し手に入れるだけでも、一人で勝った時に手に入れていた報酬より遥かに大きな報酬を得られるようになりました。
僕は後出しですが、当ブログ自体も一人で勝とうとは思っていません。ワードプレスドットコムであれば、より多くの人が勝てる取り組みを考えていけたら良いですね。「いいね」や「フォロー」をし合うだけでなく、ブロガーとして成長できたり、全体のページビューが増加するような協力関係が築けたらいいと思っています。
結局、自分だけ勝ちを狙っていても簡単には勝てないし、勝ったとしても取り分はパイの奪い合いなので旨味がないです。そうであるなら、全体のパイを大きく増やして、みんなで分け合ったほうが僕としてもスッキリするし、良い気分になれます。
最初のテーマですが、割り勘する時、小さい方を取る、というのは、より大きな仕事を得ようとしたら、どうしても必要となる姿勢です。一人でも仕事が来るならいいですが、多くの仕事は複数人で協力して取り組む協力プレーです。その点を抑えておけば、アナタと仕事したい人は大勢増えることになるでしょう。
昔話でもよくあるように大きい方を取って欲張るのではなく、小さい方を取って謙虚になる方が結局遥かに多くのものが手に入るのです。人間社会の理は一筋縄にいかないところが面白いですね。今日もアナタの勝ちを願って。ではでは。
勝ち続ける人の秘密は練習が好きで仕方ないこと!?僕たちはセンスがあって好きで仕方ないことをしたい
こんにちは。Inishie R plusAブログの時空です。今回のテーマは「勝ち続ける人の秘密は練習が好きで仕方ないこと」について書いていきたいと思います。勝ち続ける。うーん。勝つという言葉には二つのパターンがあると僕は考えるのです。いわゆる創業と守成ですね。
まず、一番になることを始める必要があります。一番になろうと思っている人たちは誰であれ初めは初心者です。その業界に入った人たちはまず下積みとして雑用をするのが一般的ではないでしょうか。
僕は学校であれ会社であれ、最初は仕事の先輩が色々と教えてくれるのが一般社会だと思います。必要であることは最低限、先輩がその業界に入ったら説明してくれるはずです。
僕は先輩に教えてもらったことも大事であると思います。脈々と長い間、受け継がれてきた伝統を先輩方は手取り足取り教えてくれて、それを忠実に守ることである程度の質は確保されるからです。
僕はその先の一番うまい先輩を真似ることをオススメします。その先輩が親切であれば、一番であるためのコツも懇切丁寧に教えてくれるでしょう。最初からそんな大事なことを教えてくれるわけはないと早計しないで何度も頭を下げてシツコクない程度に聞いてみるのが一番手っ取り早いと思います。
その一番の先輩の教えを手取り足取り真似していると、やがて業績を挙げることが出来るようになり、自分がその業界のトッププレイヤーとして一番になることもあるでしょう。
そのとき、一番であるから、もう大丈夫と慢心するのではなく、創業は終わったと見切りをつけることが大事です。一番になれたら創業、つまり自分のブランドを立ち上げたことになります。
道行く人はアナタが一番であると知ると褒めてくれるでしょう。そうやってチヤホヤされていると、もう頑張らなくても一番なんだ、と思えてくるかもしれません。しかし、一番になる、つまり創業を達成したら、次は守成です。
よくボクシングなどでタイトルを防衛するという話を聞くことがあるでしょう。ある重量の人達が集まった中で一番になると、今度はその一番を維持しなければなりません。タイトルを防衛するとは、そのタイトルとなる決められた体重の人たちの中で一番というタイトルを守り抜くことです。
創業と守成のどちらが難しいか、一番になるのと、一番を維持するのと、どちらが大事か。僕は一番になった人が一番を維持できない理由に自分に対する甘えがあると感じています。
一番になるまでは厳しくて辛い訓練に耐え抜き、食事制限をしたり遊んだりせず、真面目にストイックであった人が、一番になることで自分では信じられないお金と名誉が手に入ることがあります。
そこで、そのお金と名誉を使って、厳しかった訓練もそこそこに遊びだす人がいます。誰だって人間であれば目標の見えない訓練には耐えられないでしょう。一番になるという目標を達成した後は次の目標が見えず、自分のしたいことに邁進する人が多いです。
一番になった時の訓練をストイックに続けていれば、まず一番から陥落することは少ないでしょうが、一番を伸ばそうとする人はそんなに多くありません。つまり、一番になれても自分に甘くなれば一番は維持できず、一番になろうと必死に努力している人に負けてしまうのです。
おそらくトップレベルの人たちは身体能力や知的能力など1番と2番では大きな差はないはずです。そこで、少しの練習量の差が決め手だったりするのですが、練習自体を辛いと思って取り組んできた人は一番になっても辛い修行をその先もずっと続けなければならないので維持することができなくなってしまいます。
もちろん、一番になるからには練習が好きで好きでたまらないという人もいます。好きなことをするのであれば、一番になった後も練習することが苦ではなく自主的に積極的に訓練に取り組むからです。
僕は練習を楽しめるかどうかが一番になって終わる人と、一番で有り続けられる人の差であると考えます。結局、好きなことをしている人には勝てない、というのがシンプルな答えなのです。
いつも、それをすることに積極的に時間を割く人であって、どれだけ練習して長い時間練習することで対抗するとしても、結局どちらが長続きするかという点で、楽しんで努力を努力と思わない人には勝てないのです。
そこが天武の才であると言ってしまえば、それまでですが、楽しくて仕方ない人に勝てる人は誰もいないのです。楽しくて仕方ない人は必死で長い時間練習する人に勝つまでには時間がかかるかもしれませんが、いざ一番になれたら、いつもと同じように楽しく練習すればいいだけなので強いのです。
プロは楽しくないときでも練習しなければならないという人に欠けている視点はプロとして練習していても楽しくないと思ったことが一度もない人にはプロとしても叶わないのです。
結局、一番いい創業と守成の話は自分が全力で楽しめることを生涯全力で楽しみ続けるという点です。仮に、人より上手くできるから、そんなに好きではないけどプロになる、という人はセンスでプロになれても、楽しくて仕方ないオタクには勝てないのです。プロともなるとセンスが有るオタクがウヨウヨいる世界です。
僕たちは一番を目指したかったら、まずセンスが有ることをします。一番になった後に一番を維持したいならセンスがあり、かつ楽しくて仕方ないことをします。ここに、創業と守成の秘密が隠れているのかもしれませんね。アナタが一生をかけられる楽しくて仕方ないことが見つかりますように。以上です。ありがとうございました。時空。

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